大判例

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札幌高等裁判所 昭和51年(う)263号 判決

本籍

烏取県境港市渡町二一九七番地

住居

北海道根室市琴平町八番地

漁業

木村文雄

昭和五年五月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年一〇月一九日釧路地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があったので、当裁判所は次のとおり判決をする。

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役一年および罰金二、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判が確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人野口一、同稲澤優が連名で提出した控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、当裁判所はこれに対し次のように判断する。

論旨(量刑不当の主張)に対する判断に先立ち職権をもって調査すると、原審で取調べた検察事務官作成の前科調書および当審で取調べた釧路保護観察所長作成の回答書ならびに検察事務官作成の電話聴取書によれば、被告人は昭和四三年三月九日釧路地方裁判所根室支部において、監禁および銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪により、懲役八月に処せられ(昭和四三年一一月一三日確定)昭和四四年七月二三日右刑の執行を受け終ったものであることが認められるところ、原判決の認定によれば、被告人の本件所得税法違反の各犯行は、それぞれ昭和四八年三月一五日および同四九年三月一五日に行われたというのであるから、本件各罪は、罰金刑を併科すると否とにかかわらず、懲役刑による処断を相当とするものであるかぎり、右の前科との関係において、刑法五六条一項の適用上いずれも再犯となるといわなくてはならない。しかるに、原判決は、被告人に対し、罰金刑を併科したうえ、懲役刑をもって処断しながら、右前科を判文中に摘示せず、再犯加重に関する法令の適用を行っていない。この法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであって、原判決はすでにこの点において破棄を免れない。

そこで、論旨について判断するまでもなく、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用して当裁判所においてただちに次のように自判する。

原判決が確定した事実に法律を適用すると、被告人の原判示第一、第二の各所為は、所得税法二三八条一項、二項、一二〇条一項三号にそれぞれ該当するところ、いずれも同法二三八条一項後段により同項前段の懲役と罰金とを併科することとし、被告人には破棄理由中で示した前科があるので、刑法五六条一項、五七条により、右各罪の懲役刑に再犯の加重をし、同法四五条前段および後段によれば、以上の各罪と原判示確定裁判のあった罪とは併合罪の関係にあるので、同法五〇条によりまだ裁判を経ない原判示各罪につきさらに処断することとし、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により重い原判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、その刑期および金額の範囲内で被告人を懲役一年および罰金二、〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金四万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑事情)

本件各犯行は、漁業を営む被告人が、所得税を免れようと企て、いずれも取引先と通謀のうえ漁獲物の水揚の一部を除外して簿外とするなどの不正な方法により所得を秘匿したうえ、原判示のようにいずれも所轄根室税務署長に対し、昭和四七年および同四八年中の総所得金額を偽り、これらに対する所得税額がそれぞれ一、六八八、五〇〇円および二、二〇五、一〇〇円である旨の虚偽の確定申告書をその各年度に提出し、正規の所得税額と申告税額との差額四二、三二二、三〇〇円および三六、三一二、七〇〇円をそれぞれ脱税した、というのであって、各犯行の動機に格別同情すべきものがないこと、各犯行の態様は計画的であるうえに、特に各脱税額ははなはだ巨額であり、また各ほ脱税率も極めて高いこと(各年度の所得税額に対するほ脱税額の割合・約九六パーセントおよび九四パーセント)、被告人は、それまでに前示のような累犯前科を有する身でもあること、被告人は、本件発覚後現在までに、税務署に対し、前記各脱税により納入すべき国税を順次納付し、反省の情を示していることなど各般の情状を考慮し、主文のとおり刑を量定する。

検察官 椎名啓一 公判出席

(裁判長裁判官 粕谷俊治 裁判官 高橋正之 裁判官 豊永格)

○控訴趣意書

被告人 木村文雄

右の者に対する所得税法違反被告事件(昭和五一年(う)第二六三号)の控訴趣意は左のとおりである。

昭和五二年二月四日

右主任弁護人弁護士 野口一

右弁護人弁護士 稲澤優

札幌高等裁判所 御中

原判決の量刑は不当に重く、刑事訴訟法第三八一条の事由がある。

第一 本件の犯行動機について

(イ) 被告人は、現在、根室市において最上規模のカニ籠漁業を営む者であるが、自己の使用する漁船員に対して出来るだけ多くの手当を出したい、自分の所に漁船員を引止め優秀な漁師として育成したい、更には、カニ籠漁業は漁場が北海の荒海での操業のために、人身事故・船の沈没・ソ連船によるだ捕の危険が伴う商売なので、これらに備え、出来るだけ資金を貯え、これを自分の過去の漁船員としての体験から、乗組員の労働環境の整備や手当の向上に還元したいと思ったところから、勢い、本件犯行に及んだもので、その動機は単なる私利私欲のためのみを旨とした悪質な利欲犯と一方的に決めつけられるものではない。現に、証人坂井の証言で明らかなように、被告人は漁船員の労務管理や人命安全に万全の配慮をはらい、漁師の通年雇用制を実現し、番屋の整備など労務環境の改善のために努力してきたところから、約四〇数名の木村漁業部の従業員は、親方としての被告人を慕い信頼している。

(ロ) 検察官は、本件犯行をもって刑法二五六条二項詐欺罪にも類似する反倫理的違法行為であると決めつけているが、我国の税務政策が不労所得者等に甘く、身の危険をかけて働く中小漁業家に対しては格別の保護もなきまま、一たび海難事故があればそれで倒産する危険負担を一身に負っているものが一般であり、このため、漁のあるうちに出来るだけ貯えたいとする気持ちは、勢い、納税意欲に反映し、結果として、納税に対する倫理感を刑罰法規をもってのみ覚酔し、租税倫理の崩壊を防止せんとするには、いささかの矛盾が感ぜられる現実を見落してはならないことを弁護人は指摘したい。

第二 本件犯行の方法と態様について

被告人は、本件犯行当時、自からも一乗組員として出漁していたものであり、当時漁獲に専念していた事情にあった。従って、被告人自身は木村漁業部における個々の取引や財産の移動・預貯金に関し、認識し、これに基づいて犯行を計画的に遂行した事情にはなかった。被告人としては、前述の動機から水揚げの二ないし三割位を会計の品田清や取引先の大沢に依頼して簿外にするように指示し、不正行為に及んだもので、その後簿外にした秘匿水揚げ収入を、具体的にどのようにして隠匿するか等の細部の指示はしておらず、被告人自身も金銭や財産管理は妻美稔子に任せきりで、その内容もよく知らず、現に国税査察によって始めて自己の財産状況を知ったのが現実である。財産増減法(B・S方式)により税務当局より、その所得を確定されたが、脱税の犯意は、そのほ脱税額の全てに及んでいたものと必ずしも証拠上決めつけられない場合であり、通常、この種事案に見られるような計画的巧妙な態様のそれではない。

第三 犯則税の納入状況と本人の反省悔悟について

(イ) 被告人は、昭和五一年三月末日までに、昭和四六年・四七年・四八年の各年度別国税、地方税の修正申告をなし、これに基づき、増加本税分は、乙第一号証乃至乙第一七号証のとおり、金八、〇八〇万七、三〇〇円全額納入し同様乙第一八号証乃至乙第二五号証のとおり、昭和四六年度乃至昭和四八年度分までの個人事業税の修正増加税分金五二八万八、五二〇円を完納し、道市民税については修正増加税分については金二、〇八一万六、六六〇円であるが、乙第二六号証乃至乙第三〇号証のとおり金七〇〇万円を納入し、残金は根室支庁舎等と話し合いの結果、毎月金一〇〇万円を割賦分納する約束のもとにこれを誠実に実行している。

結局、被告人が本件犯行によって、税務当局よりその修正申告に基づき納入すべき増加税額は、利子税・延滞税を除き総額金一億三、一一五万三、七六〇円となるが、昭和五一年二月二四日より同年九月三〇日までの間に、銀行借入、だ捕保障金収入等で総額金九、三〇九万五、八二〇円の追加納税をなしたものである。支払ってあたりまえとする検察官の主張も解らないではないが、一口に金九千万円と言っても短期間に約一億円に近い金を調達し、これを納税することは、大変なことであり、ある意味で犯行の償いに価する行為である。更に、被告人は原審判決後も道市民税については昭和五二年一月現在までに前記根室支庁等との約束を誠実に履行し、金四〇〇万円を追加納税している。重加算税・延滞税については、被告人の事業収益が漁期に影響を受けること及び支払能力を考慮され、国税当局と話し合いの上、昭和五二年度中に完納の約束がなされている。この点につき、被告人の本件犯行に対する反省の悔悟と納税に対する自覚の現れとして、原審は量刑に参酌すべき情状として充分に考慮していない。

(ロ) なお、被告人は、本件犯行後、税理士にその税務会計事務を委任し、会計事務員佐藤博をして会計帳簿等の整理をなさしめ、二度と同種再犯のないように管理を改めたことも、本件犯行後に今後の誤りなきを期する、被告人の決意の表われとして評価していただきたい。

第四 被告人の経歴と更生の決意

被告人は、妻と共に夢中で働き、今日の財産と地位を築いたが、功をあせるあまり、このような結果になったが、被告人の生来的性格が悪であるとは弁護人は思えない。未だ一介の漁師であったころ、被告人の酒癖と未熟さから犯行を重ね、社会的に迷惑をかけた。しかし、被告人は酒を慎み、努力し、今日漁師として成功しえたのも、根室市や多くの人の援助によることに思いをいたし、自ら昭和五〇年四月、社会福祉法人白樺保育園に私財四千万円を寄付し、これを設立し、脱税による利得の大半は、これに還元されている事情にある。この保育園の設立はかねてより、水産工場で働く家庭婦人のために根室市民にとって是非必要なものであった。これらも、被告人が自からの経歴と社会的立場を自覚し、更正したいとする決意の表われとして評価していただきたい。被告人は一所懸命に働き、残未払税等を完納する旨を釧路地方裁判所にお誓いしているところからも再犯の恐れはない。

第五 本件犯行によって、被告人に課される重加算税見込税額は金二、三六四万一、五〇〇円であるが、右懲罰的税金が被告人は払わされることになっていて、かつ、国税当局がこれを厳格に行うならば、被告人にとって現実に充分な財産的苦痛となるので、罰金刑は更にこれに上乗せする財産的刑罰であることを考えると、原審判決の併科された罰金刑は、被告人の漁業経営を破綻に導く重きに過ぎる場合である。

第六 してみれば、以上第一乃至第五の諸情状を考慮することなく、被告人を懲役一年、執行猶予三年、罰金二、〇〇〇万円に処した原審判決は、特に、その罰金刑につき、重きに過ぎる場合であり、よって、原判決は破棄されるべきものと考える。

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